2017年12月12日インタビュー マレーシアの日系企業で活躍
私は2004年にマレーシアから大阪へ留学、日本語学校と大学を経て、日本の企業に就職し約3年間働きました。2013年にマレーシアへ帰国。現在は、日本の有名な食品メーカーでアシスタントマネージャーとして働いています。日本で生活し働いた経験がいまの仕事にどのように役立っているかについて留学生の皆さんにお話したいと思います。
関西弁を学び、日本語が上達
日本に留学したことは、偶然のなりゆきでした。マレーシアで高校を卒業したあと目標が見つからなかったとき、兄が留学していた日本に遊びに行ってみようかという軽い気持ちで大阪へ留学しました。あるときテレビでお笑いコンビのダウンタウンを見て、面白いなと思ったのがきっかけで、語学学校で勉強する言葉と違う関西弁を学ぶようになりました。関西弁を使えるようになると、日本人との距離が近くなり、日本語もどんどん上達しました。
大学では週に1冊、課題の本を読まなければならないなど大変な日々を過ごしましたが、順調に留学生活を送り、大学3年生の終わりごろ、周囲の日本人学生と同じように就活を始めました。ところが、そのとき金融危機のリーマンショックが起きたんですね。大学4年生が内定取り消しになったニュースが報じられ、大変なことになったな、外国人の自分が就職することは難しいかもしれない、と思いました。
就職活動のこと
そんなとき兄から中小企業も受けてみたらと勧められ、企業の合同説明会に行きました。機械関連の企業が多いなか、唯一興味をもったのが、果物や野菜の卸売りを行う企業でした。そのときは卸ということをよく知らないまま選考に進み、卸売市場の見学にも行きました。その企業は百年の歴史を持ち、社長はこれからの新しい展開を考え、初めて外国人の私を採用をすることになりました。採用後、企業が海外事業計画を作ってくれ、ビザ手続きも専門家に依頼してくれたお陰で無事ビザがおり入社することになりました。
仕事の厳しさを学んだ日々
市場は朝早く始まります。夜中の3時に起き、4時に出勤する日々が始まりました。電車が動いていない時間ですので、自転車で通いました。最初の頃は早起きに慣れず、寝坊したこともありましたね。朝9時に起きあわてて出社したら、「帰れ!!」って大きな声でどなられたり・・・。あるときは、大事なお客様に「はじめまして」と挨拶したら、「おとつい、名刺交換したやろ。人の名前くらい覚えとけ!!」とどなられたり・・・。もちろん、お客さんも笑いながら言っているんですけどね。社会人としての言葉遣いも注意を受けました。新人気分など一気になくなりました。
最初の3ヶ月間、研修を受けたあと、「じゃ、明日からヘンリーさんは一人で果物を担当してください」と言われ、びっくりしました。まだお客さんの名前すら覚えていない時期です。それでも、やらなければ仕方ありません。またある時は、自分の仕入れた果物が売れず、上司が「どうすんねん!」と私に言いながら「一緒に売ったるわ」と手伝ってくれました。
この企業で学んだことは、自分の強みを持ってプロとして働くことです。この企業の先輩にはいろいろなプロがいました。レモンを市場で最も多く売ることで有名な創業者。青ネギを一番多く仕入れて売る野菜担当の安田さん。洋菜・ハーブについて一番詳しい堀さん・・・。そんな先輩たちの姿を見て、自分もなにか、ほかの人とは違う強みをもたないといけないと思い、私はアボカドを選び研究を始めました。アドカドは痛みやすいので普通は熟していない状態のものを売ります。でも、こだわるお客様のなかには、すぐに使える良いアボカドを買いたいという需要もありました。どうしたらタイミング良く、求められる商品を売ることができるのか・・・。サプライヤーと話したり、様々な産地のものを仕入れ、季節ごとの適温を探り、熟しても3日くらい良い状態が保てるようにするなど、自分なりの工夫で仕事に取り組むようになりました。
現在の仕事について
その後さまざまな変化があり、母国に戻ることになり、マレーシアに進出した日本の食品メーカーへ転職しました。この企業は日本では誰もが知っているマヨネーズ・ドレッシングで有名ですが、サラダを食べる文化が根付いていないマレーシアでは、認知度が高くありません。賞味期限が短くても、健康的な材料を使って人々の食生活に貢献したいという創業者の理念を知り、私も同じようにマレーシアの人々の生活に貢献したいという思いで、小売店のバイヤーと商談し、販売拡大する任務を担っています。大きな企業が占有するマーケットでは競争意識が働かず、日本のメーカーや小売店のようにお客様に満足してもらうための意識やアイディアが不足していることがマレーシアで見られます。どうすれば初めて商品を手に取る消費者に使いたいと思ってもらえるのか。商品を使ったレシピや、店頭でのデモンストレーションのアイディアを小売店に提案しています。
日本とマレーシア、双方の考え方が理解されきれず、うまくいかないこともたくさんあります。また、やっと理解してもらえたと思っても、担当が変ったらまた一から関係構築のやり直しをしなければなりません。仕事を通じて学んだことは、状況がよくなったときこそ、その状況を維持できるよう努力することが重要ということです。私はもともと食べることに強い関心がありました。今の仕事は、人々の健康に貢献できることですので、やりがいを感じています。世界的に汚染問題が広がり、新鮮で健康な食品を手に入れることが難しくなりつつあり、健康的な食品へ関心が集まりつつあります。そうした食品の提供を通じて、日本とマレーシアの友好関係を高められるといいなと思っています。
留学生に伝えたいこと
何ごとも同じですが、やりたいことがまだわからなくても、喜びにつながっていると感じられるかどうか、自分の直感に素直になることが大事と思います。自分の関心とあっていれば、大企業だろうが中小企業だろうが、楽しく働けると思います。大企業に入社すれば、母国の親族や友達にわかりやすく成長した自分を見せることができるかもしれませんが、仕事は段階的に経験するため、学ぶスピードが速くありません。中小企業に入社すれば、一人ひとりの責任や影響力が大きく、仕事のすべてを知っておかないといけませんので厳しいこともありますが、その分やりがいや楽しさ、喜びもあります。中小企業だから学べることが限られていると思ったらそれは間違いで、留学生ですから学べることがたくさんあります。中小企業でも、興味があることであれば、とりあえず頑張ってみたらよいと思います。それに、母国に帰ってその経験を活かせる日本企業がきっとあります。日本にいる間にどんな経験をするか。若いうちにできるだけ多くの経験をすれば母国に帰っても、国と国のかけはしとして活躍できる人材になれると思います。
もうひとつ伝えたいことは、出来るだけ日本人とコミュニケーションをして、もっともっと日本語を上達することです。コミュニケーションの柱となるのは言葉です。日本語を話せる外国人はたくさんいますが、細かいニュアンスまで理解しコミュニケーションができる人は、実はそう多くありません。日本に留学している間は、できるだけ日本人の友達を作って、様々な経験を通してコミュニケーションを学んだほうが、母国に戻っても良いチャンスが生まれると思います。
お勧めの勉強方法ですか。まず、テレビを見て発音を真似したらよいです。あと、日本人との友達と一緒にカラオケに行くことも役立ちます。誰でも好きな歌をその歌手と同じように歌いたいじゃないですか。同じように歌えれば、話すときも日本人らしいイントネーションになりますし、お友達にほめられますよ。